9話 『ヤンキー彼氏の大きすぎる偏愛・2』

 デートは終始、彼がリードする形で進んでいった。意外にも彼はマメで、なにも準備せずに待ち合わせ場所に行った八戸と違い、睦はスマホ片手に乗り物やパレードに案内してくれた。ここぞとばかりにリードしてくれる彼の手の引かれ、八戸は遊園地を堪能した。

 睦は八戸の苦手な食べ物や乗り物に気を遣ってくれた。彼は絶叫系が好きらしいが、高いところが苦手だというと、平和な乗り物やパレードを中心に回ってくれた。八戸は自分を理解してくれたようで嬉しかったが、これではどちらが年上かわからない。

「頼りきりでごめんね」

 キャラクターのムービーショーを見るために並んでいる時、八戸は急に自分が情けなくなった。すると睦はスマホに落としていた視線をこちらに向けて得意げな笑みを浮かべた。

「頼ってほしくてやってるんでいいすよ」

 男気溢れる言葉に八戸の顔が緩んでしまう。

(むつきゅん~~~!)

 どうしたって、彼はこんなにも可愛くてかっこいいんだろう。

 胸のときめきに彼から視線を離すことが出来なかった。それに気づいた睦が少し照れくさそうに付け足す。

「職場だと勝ち目ないじゃないすか」

 八戸と睦は現場監督と職人見習いだ。仕事中はどうしたって八戸の方が立場が上だった。そんなこと、一回りも年が離れていればそんなこと当然なのに、背伸びして対等になろうとする彼の努力がいじらしい。

「むつきゅんが可愛すぎて死にそう」

「声に出てるけど」

 笑いを噛み殺した睦の表情の中に僅かな劣情を感じた八戸はたじろいだ。

(ヤバ……)

 一歩引いた八戸の腕が掴まれた瞬間、慌てて手にしていた園内パンフレットを彼の唇に押し当てた。

「待て」

 睦は直前で餌を取り上げられた犬のようにぐぅと喉を鳴らした。可哀想に思わなくもないが、左右どこを見回しても人しかいない状況でいちゃつく勇気はない。視線を結んだまま気まずい空気が流れたが、ちょうどその時並んでいた列が動き出した。

「ど、どんな内容か気になるね。むつきゅんはクマって好き?」

 取り繕うように無理やり笑顔を作ってみた八戸に対して睦は少し口を尖らせたままそっぽを向いた。

「別に普通すけど。……でも、このクマはなんか八戸さんに似てて好き」

「俺、こんな太ってないよ!」

 大きなお腹がトレードマークのクマを指差した。確かにこの十年で七キロ増えた。お腹の肉が少し気になるようにはなっているが、まだ肥満ではない……と思いたい。ほんの少し肉付きがいいだけだ。そう、ほんの少し!

「いや、体型じゃなくて表情」

 彼が指を指したのは、好物のはちみつを恍惚な表情でなめるクマの姿だった。

「こんなだらしない顔してる?」

「……してる。俺を盗み撮りしてる時とか」

「バレてる……」

 今度は八戸がぐぅと喉を鳴らす番だった。

 映画館のような席に通され、薄暗くなった瞬間手を握られた。 

(今日は一段とぐいぐい来るな)

 そんな感想を抱きながらも、八戸もその手を握り返した。

 告白されてからも八戸は多忙でろくにデートも出来なかった。キスもあの日以来していない。睦はきっと八戸が想像以上にこの日を楽しみにしていたのだろう。どこにも逃さぬようにと、強く握りしめる彼の手の甲を八戸は優しく撫でた。すると仕返しとばかりに、八戸の手をくすぐってくる。触れるか触れないかの絶妙な距離感でゆっくりと動く指。そればかりに意識が取られて、目の前のスクリーンで動くクマがなにをしていたのか、まるで頭に入らなかった。

 隣を盗み見ると素知らぬ顔でスクリーンを眺めている睦の横顔が見えて、八戸も悔しくなって必死に平常を装った。

 しかしどうしたって、焦らすようなゆっくりと撫でる指が八戸を煽って仕方がない。セックスでも彼はこんな風に優しく触れてくれるんじゃないかと期待してしまう。

(ああ、鎮まれ……俺の妄想力……)

 健全という言葉を具現化したようなクマの映画を見ながら、八戸の脳内はピンク色に染まっていく。きっと愛撫が丁寧だろうなとか、キスが長そうだとか、ベッドの上の彼はどんな顔をするのかとか……。

 木から転げ落ちたクマがお尻を突き出して目を回すシーンで、ついにムラっと来てしまった。子どもの笑い声が聞こえてくる中で八戸は撃沈したように頭を抱えた。気持ちを鎮めているとぽんぽんと指で突いてくる。

 隣の睦が笑いながら「大丈夫?」とクチパクで聞いてきたのだ。

(誰のせいだよ……)

 握られた手から逃げるように振りほどこうとしたが、離してくれない。それどころか、逆にぐいっと身を寄せてきた。

「ごめん、怒った?」

「怒ってないけど、手を離して」

「んー……、このままでもいいすか? もうなんにもしないんで。……ね?」

 ここぞとばかりに可愛い子ぶる睦。八戸の機嫌を取るためのわざとらしいぶりっ子だと分かっていても、頷いてしまう愚かな自分であった。

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