7話 『ヤンキー彼氏のトークは甘め・後編』

 ほとんど眠れないまま朝を迎えてしまった。

 寝不足で少し体はダルかったが、スマホで睦とのやり取りを見返すと、疲れが一気に吹き飛んだ。心も体も羽のように軽い。

 そのせいかいつもより三十分も早く現場に着いてしまった。まだ空が白く霞む時間にも関わらず、現場にはすでに人影があった。ほんの半日前に付き合った少年、睦が歩道にしゃがんで待っていた。こちらに気づくと立ち上がり、朝日よりも眩しい笑顔で迎える。

「八戸さん」
「おはよう、睦くん。早いね」
「なんか寝れなくて」

 原付を止めてヘルメットを取ると、目の前に自分よりも頭一つ大きな少年が、飼い犬のように尻尾を振って寄ってくる。ふと八戸は跳ねた彼の髪が気になり、ほとんど無意識にその頭を撫でた。

「あんまり寝不足だと体に毒だよ」

 自分のことなど雲より高い棚に放り投げ、そんな説教を口にする。子供扱いしてしまったが睦は抵抗もせず視線を逸らしたまま、ぼそっと呟いた。

「んじゃ、今日は早く寝ます」
(お、素直)
「ジュ……コーヒーいる?」
「いります」

 危うくジュースと言いかけて言い直す。近くの自販機で睦が選んだのはやっぱりブラックの缶コーヒーだった。二人で白い息を吐きながら他愛のない話をした。

 他愛のない話というのは、今日は朝から寒くて霧がかかってたとか、来る途中に朝帰りの若者とすれ違ったとか、要するにくだらない話である。しかしそれが八戸にとっては至福の時間だった。睦が見たこと感じたことに触れることが幸せだった。

「睦くんが絵文字とか使うの、意外だったよ」

 手元のコーヒーが冷えた頃、八戸は昨日気になっていたことを口にした。

「友達に絵文字使わないと怖いって言われたことあるんで。……絵文字苦手すか?」
「そうじゃなくて、可愛いなって思って」
「可愛い?」

 怪訝な顔をした睦に、八戸は慌ててフォローする。

「いや、いい意味で」

 可愛いを狙わずしてあの文面だとしたら、彼はきっと二重人格に違いないなどと心の中で突っ込んでおく。

「はざーす」

 気だるそうな挨拶とともに若手の職人が出勤してきた。ちらほらとほかの職人たちも出勤してきた。八戸たちは挨拶を返し、この短いデートが終わりを告げたことを悟る。八戸が無言でその場を離れようとすると、控えめな睦の声に引き留められる。

「あの……、今日、待っててもいいすか?」
「待っててって……仕事を?」

 頷く彼にグラリと理性が揺らいだが、次々と出勤してくる職人たちに視線を移した。

「会社は困るかな。何時になるかわからないし」
「そうすよね。すんません」

 目に見えてがっかりする彼に八戸は唇を噛んだ。そして思わず気の迷いが口に出てしまう。

「あ……、でも、今日ノー残業デーだから……」
「睦ー!」

 八戸の迷いを吹き飛ばすように第三者が睦を呼んだ。睦より二つ年上で同期の職人だ。さすがに会話を中断するしかなく、睦は彼の方へと足を運んだ。
 彼は昨日準備しておいた資材を指さした。

「あれの行程なんだけど……」
「はぁ? それ昨日言ったじゃん」

 睦の機嫌の悪い声が響いた。しかし彼はそれほど気にした様子もなく軽く笑っただけだ。八戸も自分の仕事の準備を始めようとその場を離れた。背後で二人がじゃれ合うように話す声が聞こえてくる。

「あー、待って。説明する前にライン送るから」
「彼女?」
「うるせーな」

 面倒そうな返事だが、その声はまんざらでもなさそうだ。そして八戸のスマホにラインの通知が響いた。差出人は睦。

『今日も仕事頑張ろうね』

 可愛いハートを飛ばす猫の絵文字が舞っていて、八戸は思わず吹き出しそうになった。真顔を繕おうとする八戸のスマホが再び震えた。

『ぎゅ』

 今度こそ、八戸は膝から崩れた。

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