12話 『ヤンキー彼氏の大きすぎる偏愛・5』

 タクシーに店名を告げて二十分ほど走らせたところで、目的地に着いた。二十四時間営業のファストフード店は、真夜中にも関わらず、ぽつぽつと客がいた。浮浪者のような者もいれば、睦と同じぐらいの十代らしき若者もいる。明らかな女子高生が二人、深夜とは思えないほどの元気さで会話に花を咲かせている。

 八戸の目には、いかにも行き場を失った者たちのたまり場のように見えて思わず眉をしかめた。

 ちょうど彼女たちのテーブルの向かいのカウンターに見慣れた背中があった。仕事に着てくるのと同じグレイのブルゾンを着ている。……睦だ。彼はカウンターに突っ伏せるようにして眠っていた。風呂上がりなのだろうか、近づくとシャンプーのいい匂いがした。

(む……むつきゅん、髪下ろしてる~~っ)

 普段、一つに結ばれた金髪が無造作に頬の上に散らばっている。

 イライラしていた気持ちが吹き飛び、思わず顔が緩んでしまう。あまりの可愛さに写真を撮ろうとポケットを弄っていると、先程の女子高生に不審そうな視線を向けられる。

 変質者として糾弾される前に、八戸は慌てて眠る彼に声をかけた。

「睦くん」

 声を掛けても全く起きる気配はなく、身体を軽く揺さぶってようやくその瞼が重たそうに開いた。まだ焦点の定まらない様子だったが、八戸を認めた途端、驚いたように身を起こした。

「え……なんで……」

「迎えに来た。表にタクシー待たせてるから帰ろう」

「いいって言ったのに」

 寝起きが悪いのか、それともまださっきの電話を怒ってるのか、彼の酷く不機嫌に見えた。八戸は遠慮がちに首を傾げた。

「迷惑だった?」

「だってタクシーって高いじゃないですか。わざわざそんなことしなくても……」

「でももう来ちゃったから。ほら立って」

 困惑しているものの、嫌がってはいない様子にほっとする。促すとのっそりとした動きで荷物を手に立ち上がった。上下ジャージに膨らんだ斜め掛けのカバンが一つ。どう見て家出少年だ。

 まだ眠そうな彼を連れて歩き出すと、後ろから服の裾を掴んでくる。

(むつきゅん、そういうところ卑怯!可愛い!好き!)

 叫びたくなる気持ちを必死に抑え、平静を装ったが、開く自動ドアに映る己の顔はだらしなく緩んでいた。

 睦はというと乗り込んだ途端、メーターの金額を見て、ぎょっと目を見開いて固まっている。走り出してしばらくすると、おずおずと口を開いた。

「あの……八戸さん。半額出したいんですけど、今給料前で金無くて……」

 申し訳なさそうに視線を伏せる彼の頭をくしゃりと撫でる。

「こういう時は年上に甘えなさいって」

「……すみません」

「ありがとうって言ってほしいな」

「ありがとう、ございます……」

 酔いの勢いもあって、その可愛らしさに思わず抱きしめてしまった。

「はっ……? 八戸さん……っ」

 驚いた様子の彼の頭に手を回し、細い髪を弄ぶように撫で回す。ああ、永遠にヨシヨシしていたい。

「犬じゃないすよ、俺」

「嫌?」

「嬉しいですけど……、酔ってるなぁと思って」

「ビール一杯で酔わないよ」

 そう言いながらも睦の身体を離さなかった。酔っているし浮かれている。そのテンションの高さが八戸を大胆にさせていた。

 しかし、不意に鳴った睦のスマホが現実に引き戻した。彼は身体を離してスマホの画面を見て舌打ちをした。そして険しい表情のまま電話を取る。

「あー……うん、今日帰んない。いや、絢斗(あやと)の家じゃない。あいつ今、家族と旅行中。は? 行先? 知らねぇよ。……うん、うん」

 ぶっきらぼうに受け答えする相手はきっと家族だろう。追い出されたというので心配したが、この様子なら仲直りできそうだと少し安心した。

「今? えーと……」

 淀みなく受け答えしていた彼の返答が一瞬止まった。窓の外にやっていた視線がこちらに向けられる。

(あ……、親に挨拶とか?)

 浮かれていた気持ちが一気に吹き飛び、背筋が伸びた。緊張で引きつってしまった顔に気づいたのか、睦はふいと視線をそらすと電話を続けた。

「会社の先輩が迎えに来てくれて、その人のとこ泊まるから。……うん、大丈夫」

 その後、数分のやり取りのあと、電話は切られた。緊張の糸が切れて、八戸は息を吐いた。

「ごめん、八戸さん」

「え、なにが?」

「……会社の先輩って嘘ついて」

 どこか思いつめたような横顔に八戸の胸が痛んだ。八戸は彼が嘘をついてくれたことにほっとしていた。まだ付き合ったばかりで、家族に紹介するようなタイミングではないと思っていたからだ。しかし睦の表情からは嘘をついてしまった自分を恥じているように見えた。

「八戸さんのこと、いつかちゃんと紹介するんで」

「う……うん」

 シートの上に置いていた手を力強く握られた。八戸はその真っ直ぐすぎる彼の気持ちに少し気後れしながらも、握り返した。

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