『骨の髄まで召し上がれ』2話

2話

 そう、昨日の夜だった。

 仕事もパッとしない、借金もあるゲイの男に恋人なんているはずもなく。俺はいつものように日頃の鬱憤を酒で紛らわせていた。

 給料日だからと理由をつけてゲイバーではしゃぐように酒を飲む。幸いそこそこ顔がいいので、絡んでくる男は多い。金がないのでヤるならホテル代を持ってくれる人だけだ。同い年のジャニ顔の男と話したが、ホテル代持ってくれと言ったら嫌な顔をして立ち去った。
 俺もすっかり気持ちが萎えて、そのまま店を出た。

「金さえあればなぁ……」

 虚しい呟きが肌寒い夜空に吸い込まれていく。

 借金だって、別にギャンブルやオトコに貢いで作ったわけじゃない。一人暮らしの大学生活がバイト代だけでは賄えなくなって仕方なく借りただけだ。実家の親は失業してて頼れなかった。はじめは少しずつ借りていた金が徐々に膨らむと今度は返済に苦しんだ。返済の催促から逃れるため、別のところから金を借りたら、借金は雪だるま式に増えた。そんなこと冷静に考えれば小学生でも分かることなのに、その時の俺は目の前のことしか考えられないほど追い詰められていた。

 ようやく親に打ち明けられたのは、自己破産という言葉がちらつき始めたころだった。親戚から金を借りてなんとか整理できた。それでも奨学金と合わせて五百万以上の借金が残っている。

 普通の生活をしようとして多額の借金を背負ったという事実は、想像以上に人生に大きな影を落としている。自分は普通の生活も借金しなければできなかったという過去は劣等感を植え付け、世の中が卑屈に見えるようになった。そこから逃れるために、酒に逃げて金を失う悪循環だ。

 終電なんてとっくにない。当然タクシーに乗るお金もない俺は仕方な有料発展場へと流れていった。発展場ってのは、同性愛者が性的な関係を結ぶ場所だ。ネットカフェに毛が生えた環境でそこで寝ることもセックスも出来る。馴染みの店ではなく、初めて行く店にした。そこで目隠しフェアという変わったイベントをしていたからだ。悪戯されたいウケが目隠しして部屋で待つという少々変態チックなイベントだったが、タチだけが相手を選ぶ権利を握るというのは楽でいいなと思った。自ら目隠しするような変態なら少々の無茶も受け入れてくれるだろうという期待もあった。

 雑居ビルの看板のない店に入り、受付を済ませるとベニヤ板で仕切られただけの個室を覗いていく。時間が遅かったせいか、あまり好みの男はいなかった。すでにいくつかは鍵が掛けられ中でお楽しみ中のようだった。

 今日は大部屋で寝ようか。そう思って一番奥の小部屋覗くと、見慣れた男が壁に背中を預けて座っていた。はじめは見間違いかと思った。だが、ワックスでガチガチに固められた短髪やシャープな口元には見覚えがある。ありすぎる。

 壁に掛けられた嫌味なほど肌触りの良さそうな紺のスーツは、今朝朝礼で見た。重ったるい朝に一歩踏み出せば俺のようになれると説いて、売れない営業たちに希望を与えた。間違いない。ここに座っているのは憧れのスーパー営業マン、淡路輝その人だ。

 俺は靴を脱ぎ、彼にそっと近づいた。俯いていた淡路はその気配にわずかに顔を上げた。下着姿になっている淡路の肉体はほどよく鍛えられており、薄く腹筋も割れている。とても三十八才には見えなかった。

 手を伸ばせば触れる距離にしゃがみ込み、その身体を舐め回すように眺める。

 淡路は俺のタイプじゃない。そもそも年上はあまり好きではない。しかし上司としては尊敬していた。羨望の眼差しを向けていたこの男がどんな風に鳴くのか、知りたくなった。

 淡路は目隠しの状態でも視線を感じているのだろう。恥じらうように顔を逸した。
 その顎を捕らえてこちらに顔を向けさせた。それだけで大げさなほど淡路の身体は跳ね上がった。

「……ッ」

 いつも凛々しく整った眉が不安げに垂れている。普段自信満々の男が子犬のように震えているのが愉快だった。アイマスクを取ってその瞳を覗きたいところだが今は我慢だ。

 顎を指先で捕らえたままこちらに引き寄せると、彼は素直にそれに従った。壁についていた背中が浮いて、床に手をついて寄ってくる。空いた手でベルトを緩め、スラックスのチャックを下ろすとその膨らみに彼の顔を寄せさせた。反射的に顔を浮かせた彼の後頭部を掴んで自分の股に押し付けた。
柔らかな睾丸に口元を埋める姿に吹き出しそうになった。

(なんてざまだよ、淡路)

 淡路は性急な要望にも嫌がる様子もなく、布越しに性器を喰み、口で下着を下ろした。そして見知らぬ男の性器をためらいなく口に含む。その様子からこういう場所に慣れていることが見て取れた。

 柔らかく根元から濡らしていく彼の口淫は丁寧で良かった。項垂れた俺自身を口内で包んだかと思いきや、キュッと吸われた。

「……う」

 思わず小さな声が漏れた。やはりというか当然というか、この男、フェラが上手かった。
 仕返しとばかりに足の指先で乳首を擦った。浮き上がった乳輪を潰すと淡路は小さく喘いだ。

「……ぁっ、は……ッ」
(ハッ、モロ感かよ)
「弄ってやるからこっち来いよ」

 わざとぞんざいな言葉で自分の正体をごまかしてみる。それが関係したのかは分からないが淡路が俺に気づく様子はなかった。


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